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2010年10月14日

【論説】 「日本中が冷静さを欠いている」「外国の圧力を受け入れたことが敗北なのか」 ~どこが外交敗北だ…金子秀敏(毎日新聞)

尖閣諸島沖で中国漁船が日本の巡視船に衝突した事件処理は「戦後最大の外交敗北」だ--。自民党の小野寺五典氏が9月30日の衆院予算委で追及した。副外相の経歴があるから素人ではない。

 中国の圧力で中国人船長を釈放したことが外交敗北らしい。世論調査でも「検察が中国人船長を釈放した判断は適切だったか」の質問に「適切でなかった」が74%だ(毎日新聞10月4日)。日本中が冷静さを欠いている。

 もしも小野寺氏が外相なら、船長を起訴して裁判にかけたのか。それで「外交勝利」したのか。中国は必ず対抗措置をとる。現に、事件直後から現場付近に漁業監視船2隻を出動させ、巡視船と対峙(たいじ)させた。長引けば、東シナ海で操業する日本漁船はこわくて漁に出られなくなる。武力衝突の可能性もあった。

 だが、船長が釈放されると、あうんの呼吸で菅直人首相と温家宝首相の廊下懇談が実現し、あうんの呼吸で、漁業監視船が現場を離れ、東シナ海の緊張は緩和した。日本が島の実効支配を失ったわけではない。危機回避の外交がなんとか機能したではないか。このどこが「戦後最大の外交敗北」で「不適切」なのか。

 では、首相官邸の検察への政治介入が不適切なのか。かつて在日米軍基地にからむ違憲訴訟で、米国の駐日大使は外相と会談したり最高裁長官と密談し、激しい外交圧力をかけた。結局、最高裁は合憲違憲の判断をしなかった。「高度な政治判断」の伴う「国家の統治行為」は、政府の専権事項であるとした。「統治行為論」という。

 外交の本質は、対外関係に関する高度な政治判断であり、政府の統治行為である。仙谷由人官房長官が検察への政治介入を認めないのが、高度の政治判断によるものなら不適切ではない。問われるのは、いい結果が出たかどうかである。

 それでは、外国の圧力を受け入れたことが敗北なのか。前回本欄で紹介したように、船長釈放を求めたのは中国だけではない。米国もクリントン国務長官が日米外相会談で「事件の即時解決」を求めた。前原誠司外相は「まもなく解決」と答え、その翌日、地検が船長釈放を発表した。

 国務長官の圧力はまだある。米国産牛肉の輸入規制の緩和を求めた。前原外相は農相に事前の協議なく「検討する」と答えた。日本の独自資源であるイランのアザデガン油田から撤退せよという要求も外相はのんだ。日本が撤退すれば権利は中国に渡るだけなのに押し返せなかった。こっちのほうが敗北ではないのか。
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